SES 企業還元研究所(SES Laboratory)編集部 公開日:2026 年 2 月
序 論 : 労 働 市 場 の 「 大 い な る 分 断 ( The Great Decoupling)」
2024 年から 2025 年にかけて、世界的なテクノロジー産業は過去数十年に類を見ない構造的な転換点を迎えました。それは、企業の収益成長と従業員数の増加が連動しなくなる「大いなる分断(The Great Decoupling)」と呼ぶべき現象です。
かつて、テック企業の成長はエンジニアの採用数と正の相関関係にありました。しかし、生成 AI(Generative AI)および自律型 AI エージェント(Agentic AI)の実装が進む中で、この方程式は根本から崩れ去ろうとしています。
本報告書は、2024 年から 2025 年にかけて発生した大規模なレイオフ(一時解雇)の動向と、それと並行して急増している AI 関連の新たな職種について、収集されたデータに基づき詳細に分析したものです。 特に、米国を中心とする「雇用破壊と創造」のダイナミズムと、人口動態という岩盤規制に直面する日本市場の特異性を対比させながら、2026 年以降のエンジニアリングという職業の未来像を浮き彫りにします。
2024-2025 年 テック不況と「戦略的リストラ」の解剖
2025 年のテック業界における人員削減は、パンデミック後の過剰採用の修正という枠組みを超え、AI ファーストの組織へと作り変えるための外科手術的な性格を帯びています。
データによれば、2025 年だけで米国のテック企業において少なくとも 126,352 人以上の労働者がレイオフされました。特筆すべきは、レイオフの理由として「AI」が明示的に挙げられるケースが急増している点です。
業界アナリストの間では、この一連の動きを「企業オゼンピック(Corporate Ozempic)」と呼ぶ向きがあります。糖尿病治療薬オゼンピックが代謝を変えて体重を減らすように、 AI 導入によって企業の「代謝」を変え、組織をスリム化しようとする動きです。
これは単なるコストカットではありません。資本支出(CapEx)を「人間(給与)」から「GPU クラスター(AI インフラ)」へと付け替えるための、極めて意図的かつ戦略的な資本配分の変更なのです。
主要企業のレイオフ分析:聖域なき崩壊
各社のレイオフは、「投資のための原資確保」として説明されています。
• Google(コアエンジニアリングの聖域崩壊): Google は「Core」部門で数百人規模のレイオフを行い、その中には Python チーム全体が含まれていました。AI 開発の基盤言語であるPython の米国チームを解体し、ドイツやインドへ機能を移管したのです。これは、高コストな米国エンジニアを削減し、 AI 開発競争に必要な資金を確保するための労働裁定取引(LaborArbitrage)です。
• Amazon(「管理者」から「構築者」へ): 2025 年後半、1 万 4000 人の管理職を中心とする人員削減を確定させました。 AI ツールによる生産性向上で、エンジニアを管理・調整するマネージャーの必要数が減少したことが背景にあります。
• Dropbox(既存事業から AI へ): 全従業員の約 20%にあたる 528 人を削減。理由は「従来のファイル共有ビジネスの成熟」と「次世代 AI 製品への集中」でした。
表 1:主要企業のレイオフとその戦略的背景(2024-2025)

「エージェンティック・ワークフォース」の台頭
レイオフの嵐の一方で、全く新しい職種の求人が急増しています。 2026 年のトレンドは、単なる「コンテンツ生成(Generative)」から「タスク実行(Agentic)」へのシフトです。 AI は単なるツールから「同僚」へと進化し、「Human-in-the-loop(人間が AI を監督する)」から「Human-on-the-loop(人間は AI の管理者となる)」への移行が進んでいます。
2026 年に急増する「新職種」

• AI エージェント・マネージャー (AI Agent Manager): AI モデルを開発するのではなく、デジタルな労働者(エージェント)のパフォーマンスを監視、評価、最適化する役割。Citi やInflux などの企業で求人が始まっています。
• MCP エンジニア (Model Context Protocol Engineer): AI エージェントが社内の SQL データベース、Slack、Notion などに安全にアクセスするための「コネクタ」を開発するエンジニア。エージェントを実務で使うための「配管工」です。
• 最高 AI 責任者 (CAIO: Chief AI Officer): AI 技術をビジネスの損益(P&L)に直結させる戦略職。AI のリスク管理(ハルシネーション対策や倫理規定)も担います。
「ジュニアエンジニア不要論」の衝撃
Reddit などのエンジニアコミュニティでは、「ジュニアレベルの仕事が消滅している」という深刻な懸念が共有されています。 GitHub Copilot Workspace や Devin のような AI ツールが、バグ修正や定型コードの記述といったジュニアタスクを瞬時にこなすようになったため、企業は「コードレビューができるシニア」や「アーキテクト」のみを採用する傾向にあります。
スキルシフト:2026 年の「読み書きそろばん」
エンジニアにとって、2024-2025 年のレイオフは「コーディング能力だけでは生き残れない」という残酷な現実を突きつけました。 Udemy や Coursera のトレンド分析によると、以下の技術スタックが必須となりつつあります。
1. RAG (Retrieval-Augmented Generation): 社内データを AI に参照させ、正確な回答を引き出す技術。ハルシネーション(嘘)を防ぐために必須です。
2. LangChain & LangGraph: 複数の AI エージェントを連携させ、複雑なワークフローを制御するためのフレームワーク。
3. Python (AI Glue): 言語自体の開発ではなく、「ライブラリを組み合わせて AI を動かす」ための応用力が求められています。
グローバルな対比:日本の「労働力不足」という防波堤
米国が「解雇と再雇用」による急激なピボットを行っているのに対し、日本市場は異なります。IMF の分析や東京商工リサーチのデータによると、日本では 2026 年にかけて深刻な労働力不足が予測されており、これが大量レイオフに対する「防波堤」として機能しています。
日本独自の「解雇なき流動化」
日本企業は法的に解雇が難しいため、パナソニックやオムロンのように「早期退職(VoluntaryRetirement)」という形で、組織の若返りを図っています。 2025 年には上場企業の早期退職募集人数が 1 万 1 千人を超えました。対象は主に 45 歳以上の、AI や DX に対応できないレガシー層です。
SES 業界の「2026 年問題」
日本の IT 業界特有の SES (客先常駐)モデルは、 AI 時代に存亡の機を迎える可能性があります。構造的脅威: SES の多くは「人月単価(エンジニア 1 人が 1 ヶ月働く対価)」でビジネスを行っています。しかし、AI エージェントがコーディングやテストを自動化し、生産性が 10 倍になれば、 「時間をかけて作ること」に価値を置く人月ビジネスは崩壊します。
SES 企業還元研究所の提言:エンジニアの価値転換
2026 年に向けて、テック業界は「破壊的混乱」のフェーズを抜け、「新たな秩序」の構築フェーズへと移行します。 私たち SES 企業還元研究所は、日本のエンジニアに対して以下の「価値転換(ピボット)」を強く推奨します。
① 「Writer」から「Director」へ
これまでは「仕様書通りに綺麗なコードを書く人(Writer of Code)」が評価されました。これからは「AI(部下)に適切な指示を出し、システム全体を指揮する人(Director of Intelligence)」の価値が高騰します。
② 「人月」から「成果」への意識改革
「1 ヶ月働いたからお金をください」という思考は危険です。AI を使えば数日で終わる作業に、1 ヶ月分の請求はできません。 「AI を使ってこれだけの成果を出しました」「AI エージェントを管理して、3 人分の働きをしました」という成果ベースの交渉ができるエンジニアだけが、単価100 万円以上の壁を突破できます。
③ 環境(会社)を選ぶことの重要性
AI 導入に消極的な現場(メール文化、ハンコ文化、レガシー保守のみ)に居続けることは、自らのキャリアを『静かなる死の抱擁』へと委ねる、緩やかな自殺行為に他なりません。「MCP エンジニア」や「AI エージェント運用」といった新しい職種に挑戦できる環境、あるいは AI 活用を前提としたモダンな開発現場(高還元 SES)へと、自ら環境を移す決断が必要です。
総括:恐れずに「ピボット」せよ
2026 年、テック業界の構造は不可逆的に変わりました。 しかし、悲観する必要はありません。AI は「雇用を奪う」側面と同時に、「1 人のエンジニアができることの限界を突破させる」側面を持っています。かつて、サーバーを手動でラッキングしていたエンジニアがクラウドエンジニアに進化したように、今度は「コーダー」から「AI オーケストレーター」へとピボット(方向転換)する時です。SES 企業還元研究所では、この激動の時代において、エンジニアが「搾取される側」ではなく「AIを武器にして市場価値を高める側」に回れるよう、最新の情報を発信し続けます。
参考文献・エビデンス
- Layoffs.fyi – Tech Layoff Tracker and Startup Layoff Lists
- Challenger, Gray & Christmas Report on AI Layoffs
- Dropbox CEO Message “An update from Drew” (Oct 2024)
- IDC Report: The Era of the Agentic Workforce
- IMF Working Paper regarding Japan’s Labor Market






